ムナカタ・ヒロシです。最近たいへん面白い本を頂きましたので、それについて書きます。
『巨人の肩に触れる 盲学校マジック作品集』
奥付を見ますとA Bubble Circus 発行、万博 著となっています。数日後に迫ったこのたびの2021年マジックマーケット春にて頒布予定のレクチャーノートです。
どういう顛末でこちらの本を頂いたかと言いますと、著者の万博さんがノートに用いる紙などの仕様を検討する際『52Hz』を参考にしてくださったそうです。そういうわけで私としては献本していただけるようなことをした覚えはなかったのですが、断る理由もありませんしありがたい機会なので是非にと頂くことにしました(それに、マジケで争奪戦になりそうな予感もしますし……)。
さて、初めに言い訳というかひとこと断っておくと、こちらの本、レビューというレビューが書きづらい本になっています。レビューないし批評というのは本来、背景に様々な比較対象があってこそ書きうるものだからです。分かりやすく言うとこの本は、マジックを解説したレクチャーノートに分類されるのですが、そこで設定されているテーマに先例がありません。そのテーマとは「(広義の)目の見えない人に対してマジックを演じる」ということで、著者はこれを「盲学校マジック」と呼んでいます。このような本は、少なくとも日本語で書かれたものや訳されたものの中には存在しないでしょう。他言語の書籍を探しても、まるまる一冊が同テーマに充てられている本となると発見できないかもしれません(私の狭い知見では、その判断はしかねるのですが)。ですからレビューが書きづらいわけです。私にしたって、目の見えない観客に手品を演じるということについて深く考察した経験は正直ありません(もし演じるとするならエキボックを用いた予言あたりか……ということをぼんやり考えたことはありますが)。
つまるところこの本は非常に先駆的な内容であり、コンセプトそれ自体が意義深いものであるのですが、反面それは長い間この分野に光が当てられてこなかったということをも意味しています。手品の歴史が始まって以来ずっと存在していたはずの「目が見えない観客」という対象がこれまで顧みられてこなかったことの証左でもあるでしょう。いずれにせよこの本が書かれ、盲学校マジックに対するおよそ10年の長きにわたる注力と研究の成果を知ることができるということは、ひとまず喜ばしいことです。別の著者による小冊子ですが『カラーユニバーサルマジック』にしろ、こうした方向からマジックを捉えなおした読み物がマジックマーケットという場で個人の書き手によって発表されているということにも何となく感慨を覚えます。
さて、レビューを放棄して投げ出しっぱなしにしてしまうのも何なので、具体的な内容について私に可能な範囲で触れたいと思います。このレクチャーノートは3つの章から構成されていますが、そのメインとされる第2章に具体的な作品たちが収められています。
解説されている最初の2作「爆ぜる結び目」と「スプーン曲げ」で気付くのは、「普段何気なく演じているマジックの中にも、視覚だけでなく体感的な要素は含まれている」ということです。視覚情報を封じられてしまうと、自分が普段演じているようなレパートリーはほぼほぼ全滅だな……と考えていたのですが、スプーンベンディングで曲がる瞬間の感覚を体験させる手法など、確かにこれぞ不思議さを触覚的に感じさせる手法です。
また「チャイナリング」も、先入観からこれは演じられないマジックのひとつだろうと思い込んでいたのですが、きちんと情報を提示しリンキングの感触を味わってもらうことで、演目としてちゃんと成立するとのことです。
「動物占い」はいわゆるラジオ越しに演じられるタイプのマジックを応用したもので、サロンマジックのアイスブレーク的な位置づけで用いられている作品だそうです。オチが一発で伝わるのが良いですね。視覚障害の有無に関わらず、なまじ視覚的なオチより伝わりやすいかもしれません。
「楽器の予言」は楽器という素材によってサロン的なやや広めの会場でも演じることができるように組まれたトリックです。これ1つでショーピースとして成立するように演出まで含めて工夫されています。特にエキボックの流れが丁寧に考えられていると思いました。
「点字トランプを使った即興カード当て」「トランプの予言」は点字トランプというある意味では特殊な道具を使ったマジックの試みです。そもそも点字トランプ自体がマジックに向いていないのではないかと著者本人がいくつかの理由を挙げながら本文中で指摘していますが、それでもカードマジックのリクエストであるとかカードマジックに興味を持ったお客さんに遭遇するケースはあるようで、どのような演目の可能性がありえるのかここで検討されています。続く「海外旅行アドバイザー」がトランプという素材にこだわらず構成されたカードトリックで、マジックとしての完成度はこちらの方が高いようにも思えました。フォース手法もよくできています。
「コインの飛行」即興風に演出されたコインの飛行です。本文中で指摘されている通り、コインの増減や移動を体感させることができたら他では得難いインパクトがあるのでしょう。これを読んで、いろいろ手法を考え始める読者もいるのではないでしょうか。
「ホイ式ブックテストのアレンジ」点字図書を用いるブックテストですが、単純に手法を置き換えれば済むというものでもないようで、点字図書を用いる際の注意点や工夫などが解説してあります。
前後の章についても軽く記述しておきます。1章は視覚障害者に手品をするとしたら何に注意すべきか、視覚障害周辺にまつわるターム、なぜ著者が盲学校でマジックショーをするに至ったかの経緯についてなどが書いてあります。興味深い内容です。3章では盲学校マジックに利用可能な市販の製品などが紹介されています。
また付録として、過去のマジケで販売されたグッズ、『ハプティクス』が付属します。この本を読んだマジシャンはみんな「もし目の見えない人相手にマジックを演じる機会があったら、自分はどうするか」ということについて考え始めると思いますが、とりあえずこれを鞄に忍ばせておけば対応ができるという代物になっています。至れり尽くせりですね(とは言えこのグッズは、盲学校マジックのノウハウが発達したら不要になるものかもしれないと著者による断りがありますが)。
さてこれからの人生、目の見えない人相手にマジックを演じるという機会が自分に訪れるかどうかは正直分かりません。ただ仮にそのような機会があったすれば、多分この本のことが頭をよぎるはずです。「視覚情報抜きにマジックを演じることは可能だし、様々な手法がある」ということを知っていることは大きなアドバンテージです。そこでうまいこと目の見えない人とも不思議を共有できたら楽しいでしょう。逆にそういったケースについて一度も考えたことがなければ、ただちに無理だと結論付けてしまうかもしれません。
考えてみると、最大の難関は心理的ハードルにあるのかもしれません。この本はそのハードルを解消してくれます。ひとまず、自分の雑多な手品道具たちにハプティクスを紛れ込ませておこうかと思います。